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井上総司/ANTIFA

雨宮純『あなたを陰謀論者にする言葉』

陰謀論が左右を横断して組織化されつつある。一つの政治勢力として国境を越え形成されつつある。そのように感じる。しかしそれは何も急にどこからか降って湧いたものではなく、これまでも左右の政治イデオロギーにそれぞれに伏在していたのだろう。それが特にこのコロナ禍をキッカケとして一気に主流化されつつある。陰謀論と政治は昔から結びついていた。しかしそれはあくまで非主流的な、荒唐無稽なものとして退けられていた。今やそのように退けられたものが回帰しつつある。君主として凱旋しつつある。

というようなことを散歩をしながら考えていた。どうやら陰謀論について、ある程度知っておいた方が良いらしい。Twitterやnote.で陰謀論に関して良いことを書いてる雨宮純さんが本を出してると知り早速買ってみた。それが本書だ。

健康、癒し、自己啓発ー。これらの言葉だけであれば奇妙な感じを覚えることはないだろう。本屋に行けばこれらの言葉を冠する本は山のようにある。ありとあらゆるストレスに溢れた現代社会にあって、人々が健康や自己啓発を求め、それを助けにして日々をサバイブするのは、何も咎められることではない。それはそうだ。

しかしこれらの言葉が一体どこから来たのか。どのような発想を源流に持つか。そんな疑問を持つことは無いのではないか。そして本書で語られるのは健康や癒しや自己啓発の源流であり、実はそこにスピリチュアルや陰謀論が絡んでいるという、意外と知られていないしかし陰謀論全盛の現代では知っておくべき「裏面史」なのだ。

例えば自己啓発。実はその源流には、「ニューソート」というキリスト教系の宗教思想がある。曰く、この世界では神から人にエネルギーが流れ込んでおり、そのエネルギーを受け入れられるのは「正しい考え方」を持っている人であり、つまり「正しい考え方」へと自分の考えを変えることで神からのエネルギーも得ることができ幸せになれるのだ!このような考え方が自己啓発の源流にはある。「「考え方を変えれば目的を達成でき、ビジネスがうまくいく」という自己啓発の思想につながるものがここで出てきます。」(p147)

そしてこのニューソートの系譜を引き継ぎ現代的な自己啓発のベースをつくったのがナポレオン・ヒルである。僕もなんか名前を聞いたことはあるその著書『思考は現実化する』の中では、強く願いそれを繰り返し紙に書いたり声に出したりすることで潜在意識がアレして人生が望む方向に動くと説かれる。逆にネガティブ思考をすると現実もネガティブなものになる。

他にもこれまたなんか名前は聞いたことある『ザ・シークレット』という自己啓発書。この本はいわゆる「引き寄せの法則」の本で、要するにヒルの話と同じくポジティブシンキングしたら本当にポジティブな現実が来る、というもの。「『ザ・シークレット』では、「思考は磁石のようなもので、その思いにはある特定の周波数がある」「あなたは思考を用いて、周波数のある波動を放射している人間放送局のようなものである」「宇宙は特定の周波数であなたと交信している」という説明が行われ、さらにはそのまま「思考は現実化する」という言葉も重要項目として登場します。自己啓発としての主張が、ナポレオン・ヒルの頃からほとんど変わっていないのがわかります。」(p166)

そしてこの「思考は現実化する」ことの科学的説明のために使われるのが量子力学。なんかとにかく思考が量子をアレして現実も構成されるのだ!というために『ザ・シークレット』では量子力学が使われる。当然ながら量子力学はそういうものではない。化学の素人の僕でも分かる話なのだが、化学と言われると人はついうかうかと信じてしまうものらしい。科学の名でトンデモな話が正当化されるあたりも、スピリチュアルや陰謀論の特徴だ。「「宗教には抵抗がある、科学なら信じられる」からこそ生まれる現象です。」(p172)

元は宗教的だったものが、その宗教臭さを抜き去りつつ、量子力学なる科学っぽい言葉を加えることで、ある種の合理的な「自己啓発」として流通している。しかしどれほどその意匠をカジュアルなものにしたところで、やはりその根本的な発想はスピリチュアルなそれであることに変わりはないだろう。つまり、反近代的で反科学的な価値観を根本に持っている。にも関わらずそれを宗教としてではなく自己啓発として触れることで胡散臭さが脱臭されてしまう。宗教として「思考は現実化」すると言われると普通に胡散臭え!と感じる人でも、成功哲学として「思考は現実化する」と言われると何だかその通りな気がしてしまう。このようにして、知らず知らずのうちに、僕たちは胡散臭いものを、それと気づかず自身の生活に取り込んでしまっているのだ。

元は宗教やスピリチュアルの言葉だったものでが、様々に所と形を変えながら、それと気づかぬようにして、私たちの日常生活の中に漂っている。宗教などと言うと、自身の生活圏に全く関係がないと思う人がほとんであろう、しかし、実はそれに連なる様々な言葉を自身の生活のうちに取り込まれている。日常的に使うその「言葉」も、元を辿れば宗教的な発想に行き着くかもしれない。これらの言葉の歴史を本書は丹念に辿る。そうすることで、如何に僕たちの生活がスピリチュアルや陰謀論と重なり合っているかが示されるだろう。

そしてそのような日常の中のスピリチュアルが、話題のQアノン(最近は神真都Qとか名乗っている)という潮流へと繋がっている。僕がTwitterで観測してる範囲でも、突然親が反ワクチンやQに目覚めるという話は割と聞く。それもまた陰謀論と僕らの暮らしのゼロ距離ぶりを示す話であろう。普通にSNSを使ってるだけでも、Qに染まることが可能なのだ。ニュースやTwitterなどで見かけるそれら、でもあくまで他人事としてどこか無関係の他人の家のことであると考えているそれらが、実は僕らの生活に重なり合って存在しているということ。本屋の自己啓発書がその入り口になりうるということ。スピリチュアルと陰謀論が、明日の荒天と同じく極めて現実的な脅威であるということ。

陰謀論者になんて自分はならない、キチンと真面目に情報を調べリテラシーもそれなりにあると自認してる人ほど、実は肝心の陰謀論の中身については知らなかったりする。陰謀論とは何かを知らずに、それを避けることなど出来るわけがない。単にリテラシーを身につけるだけでは足りない。僕たちは陰謀論について知るべきなのだ。本書で語られる多くの「言葉」の歴史と流れを知り、陰謀論とは何かを知ることで、ようやっと僕たちは陰謀論者ではないと言えるようになるだろう。

最初は自己啓発に関心持ってあれこれ頑張ってたりした人が、オーガニックやヨガなんかを楽しんでいた人が、それらに付随する様々な言葉に導かれて、気がつくと立派なQアノンになっていた…。気をつけよう。現代日本には、「あなたを陰謀論者にする言葉」が、それと分からぬような形で、あらゆる場所に偏在しているのだ。本書は私たちにそのような事柄を警戒する目を持つよう「啓発」してくれるだろう。